20170225

日本画というこだわりを捨てる 日本画無料講座 第五十一回

日本画であることを捨てて自由に描く

日本画

そもそも昔の人は、日本画のことを日本画とは思っていなかったのではないかと思います。古代であれば日本の絵は権力を後世にまで威張って残そうとするためのものであり万民のためのものではありませんでした。中世でも絵というものは中国や朝鮮の仏教文化の影響を受けた貴族が書画をたしなみステイタスを誇示して見栄えを競うためのものであって、感覚的な美を追求して男性社会で交流しつつも男としての優劣を競うためのものや仏教の教えを説明するためのものでした。貴族に文学という暇つぶしのメディアが誕生すると、宮廷文化を描き屋根抜き描法など読者を意識した絵が誕生しました。時代が進むと今度は寺社の坊主や武士が権力を誇示するために描かれた緊張感と威厳ある肖像画を豪華な絵を絵師に描かせて記録を残しました。これらの時代に絵の具というものはたいへん貴重なものであり墨絵が基本でした。庶民が絵を描き始めたのは江戸時代あたりになり汲み取り式の便所が整い酷い疫病と戦乱の世が終わり人々の識字率がよくなってからのことです。江戸や京の町では裕福な庶民が絵を求め、あるいは絵を描きはじめました。その時も日本画という認識はなかったのではないかと思います。

今では日本画というと誰だか知らない偉い人が区別した一ジャンルということになり、日本人が描く絵という大きな枠からは随分と小さなカテゴリに過ぎません。

浮世絵みたいな春画を現在も描く人が存在するのかどうかはわかりませんが、写真やアニメや漫画が春画と同じ目的で作られているのは説明するまでもありません。

つまり「何とか画」というジャンルへのこだわりは、本来は無意味なものなのです。

日本画とは、単なる画材の違いでしかなく、割と風流な絵や仏教的な絵が多いというだけであり、日本画でさえも伝統という枠からは明治時代以降は一部を除いてとっくに離れています。本当に日本画こそが伝統絵画というなら漆喰に絵を描いて極彩色で権力者の肖像画や仏教の絵だけ描いていればいいじゃないですか。そうじゃないのは日本画でさえも変わり続けてきた。つまり、日本画でも権力者の求めに応じて描き方が変化し続けてきたのです。今は国民に権力が委ねられている時代です。民主主義の考え方ではひとりひとりが小さな権力者であるといいますので心のままに描く権利が私たちにはあるのです(当然作品に対する責任も個人にあるわけですが)。よくどう描いていいかわからないと質問をする人が多数おりますけれど、好きなように描けばよいのです。

確かに権力者からお金をもらって作品を作ったり修復するなら伝統技法・伝統の画材を使う必要があります。はっきりいって職人として絵を作るほうが答えが既に決まっているのでラクです。修復という行為は本質的には本物を少しずつ交換して作品をさらにダメにすることになるのですが、私は作品を少しずつばれないように偽物と交換する勇気はないものの、時代とともにオリジナルが失われ偽物に置き換わっていくことはやむを得ないことだと理解しています。

日本画にデッサン力は不要

学校の入試ではデッサン力は必要ですが、日本画を描く際にはデッサン力は不要です。絵を描くためにいちいちデッサン力を求めていたら画材屋さんが潰れてしまいますよ(笑)デッサン力がなければないなりの作品を作ればよいのです。写実力というものは必要な人だけ学べばよいのです。冒頭の絵を見てください。デッサン力というよりも観察力のほうが大事なのです。つまり物を見て大事な瞬間を記憶する能力のことです。こればかりは・・・あったほうがいいですね。動き回ってる動物をデッサンすることは不可能です。動物を描くにはデッサン力よりも特徴を記憶する能力のほうが必要になってきます。写真は脳に残りませんのでダメですよ(笑)日本画の場合、描きたいものを脳に定着させないと描く意味がないのです。写真を日本画で描いてインチキするくらいなら写真を伸ばしたりPhotoshopで背景いじればよっぽどうまく写真を模した作品が作れます。今の時代は絵画でも写真を丸写ししてインチキできる時代ですからね。写真を模した絵も本物を模した絵よりも評価されているのが現代ですからいかにこの世が偽物であふれかえっているか残念でなりません。

日本画で好きな作風で描いてみよう!

日本画といっても一言でどの時代のどんな作風の絵画のことを指すのか、人によってさまざまです。絢爛豪華な襖絵のような権力を誇示する日本画から、墨だけの禅や中国の古典の世界を表現した日本画や、仏教の日本画、近代以降の厚塗りのこってり塗りの日本画や、卓上の小物を描いただけのシンプルな日本画など、西洋技法を織り交ぜた日本画、デフォルメされた日本画までいろいろあります。たいていの作品はかなり簡略化されていて、描きたいスタイルによっては何も精密に写生しなくてもよいし原型にこだわる必要はないのです。要は日本画でさえも好きなように描けばそれでよし!手本の模倣に徹するもよし!筆の勢いに任せるもよし!先生の作風をゲットするもよし!枠を超えて自分を極めるもよし!人生は短いですからあれもこれもと作風をマスターすることはできませんが、日本画を楽しんでいきましょう。

※このコラムは冗談半分のデタラメなので信じないでくださいね。

20161224

残酷な美術公募展という幻想 日本画無料講座 第五十回

公募展が日本のアートをダメにしている!?

世の中でアートといえば賄賂を使い巨大公募展で何度か入選した芸術家と、著名になりメディアに露出した(自称も含まれる)アーティストと、オークションで高値が付いり歴史的に高名になった作品だけが芸術のメインストリームとなっていいます。

メディアへの露出を増やすことで芸術家を装うことは「さむら何とか」という詐欺師でも可能ですから絵画の世界ならお金の力で誰かに絵を描かせて詐欺師でも芸術家となることも簡単でしょう。現に贋作を作る職人も日本だけでなく中国でも多く働いています。

アートと呼ばれる作品を見ていると頭がおかしくなりそうなくらいに考え込まれて作られたもの、そもそも脳に病気や障害のある人によって作られたもの、何らかの魔法で特別に引き立てられた芸術家様が作られたものとに分類されているような気がします。平凡な作家は無理してクレージーな模倣をすることで評論家に認められ、どや顔で飯を食べている。

とてもまともな人にはできないようなアートや不正に引き立てられたようなアートが現代では高評価となっているように思います。

じゃあ割とまともな人(常識に縛られた愚者)は起死回生をするチャンスがないのでしょうか。

世の中は残酷なものでまじめに努力した人が報われない世界が日本画にもあるように思います。日本画家がまじめにやるのは賞をとって食べられるようになってから。

もともと現代アートというものはヘンテコでクレージーなものだから、審査員にすべての美術史を知っている人を迎えない限りは公募展で優劣を決めることはまったくの無意味です。

インチキで利権を得た関係者がアーティストに足の裏を舐めさせて甘い汁を吸っている話を聞いたことがあります。ある人は自分を引き立ててくれた恩人殿の靴を舐めたと冗談交じりに言っていました。もしかしたらもっと卑猥な出世の条件もあるかもしれません。

世の中の芸術とは所詮この程度のものであり、愛だの優しさだのが本当に求められる清い精神(という建前)に対しては公募展は残酷であり実際に日展では汚れた人たちが公募展を運営・審査しています(筆者も関係者にその後もまだやってると聞いたことがあります)。

公募展の評価を信じるな

公募展の本質は受賞者にとっても運営者にとっても金目の価値しかない本質的には芸術ではない利権イベントです。

経歴だけで芸術家を評価してはいけない

大きな展覧会に入選を繰り返したり入賞したことを理由に芸術家を評価してはいけません。本物の無名の芸術家がかわいそうです。テレビに繰り返し出ている芸術家は佐村河内のような詐欺師の可能性もあるのでメディアへの露出や学歴を芸術の評価の基準としてはいけないと思います。目立てばお金持ちからの覚えがよくなることも事実ですが・・・。

美術館に行ってしたり顔は愚の骨頂

読めもしない古文書の博物展ですら行列を作ってしたり顔で鑑賞している私たちです。見てもわからない物を見て何を得たというのでしょう。すごい物を見に行ったという漠然とした事実と満足感のどこが作品を心から理解したといえましょうか。

ほとんどの観客は金銭的価値のあるお宝を見に行ったという程度の感想しかないでしょう。もはや芸術を鑑賞する時ですら自分の正直な気持ちが消えてしまっている時もあります。

ゴミに見えたわけのわからない物やただの模様と思えた作品に偽りの気持ちを隠してはいないでしょうか?そんな有名な作品を無条件で崇めていること自体が作品への冒涜であるように思います。無知による兼悪心や、好き嫌いがあって当然です。あるいは数年後にはそれほど好きではなくなることもあります。同じ作家だって得手不得手があり作品のクオリティーにも当たり外れがあります。

日本の芸術は死んでいる?

美術展覧会(公募展)という利権イベントはなくなればいいのにと思います。都道府県以下の公募展は競わせること自体があまりにも無意味であり、地方の公募展はむしろ家族や地域のコミュニケーションの場であるからそもそも優劣を競う必要はないでしょう。

芸術の振興とはそんのような形式的で小手先の無感情な施策で実現できるものではありません。みなさんもこれ以上つまらない公募展に金目か名声欲に負けて応募しないようにしましょう。芸術家が向き合うべき相手はそこ(賞という欲目金目のもの)ではない。芸術の分野でもスポーツの世界と同様に有力者が利権を独占し権威ある者への賄賂や何等かの物的・精神的・肉体的な欲望を満たさない限り邪魔者は疎外されています。この現実、つまり権力との強い結びつきこそが横山大観や黒田清輝などが目指した理想の世界の裏の顔でもあります。芸術家だから人格が高潔?むしろその逆ですよ。犯罪者でも歴史に残る芸術家になれる、これが真実です。偉そうに聖人面ができるのは特別な利権で守られた悪人だけです。

もしも賄賂で芸術家への道が開けるとしたら、あなたは悪魔に魂を売りますか?

※この文章はデタラメ創作なので信じないでくださいね。

20161209

日本画教室の選び方 日本画無料講座 第四十九回

よくわかる日本画教室の選び方

日本画をはじめようと思う方のはじめの第一歩、日本画教室の選び方です。日本画教室の選び方を間違うと、一生日の目を見ない人生となる可能性がります。

日本画教室には二つのタイプがある

日本画教室の種類には、大きな二つの特徴があります。それは既に成功された先生本人が開設なさっている日本画教室、次に、先生のお弟子様が日銭を稼ぐためや生きがいを求めて開いているローカルな教室です。

ただ楽しく過ごしたいだけの方におすすめなのが、地方の日本画教室です

日々の生活を豊かにする発見を日本画を通して学びたいのであれば、無名の方が教える日本画教室がおすすめです。そこでは競争もありませんから、雰囲気も落ち着いており、ただ絵を楽しみたい方におすすめです。そのかわり、手取り足取り才能のない日本画家の指導を受けることになりますので、将来への展望はありません。

プロ志望の方におすすめなのが、日展・院展に入選しまくりの日本画教室です

上昇志向の方におすすめなのが、成功なさった日本画家に師事することです。もちろん画風がありますから、その先生は自分にできることしか教えられませんので、先生と同じ作品が描きたい場合におすすめです。お金があれば、個人レッスンも受け付けてもらえます。実力がつけば、賄賂次第で画家になれることでしょう。身分階級による特別な縁故があるか、片岡鶴太郎のようにたくさんお金を払える人が、画家になりやすいです。嫌味を言ってるように思われるといけませんので、片岡鶴太郎の日本画、私は好きですよ(昔はギラギラした目が嫌いでした)。

お金が余っている方は、四年生大学の通信教育の日本画コースがおすすめです

ご職業をお持ちの方で、人生を豊かにしたい、老後は絵を売ってみたいので今のうちに美術を学びたいという社会人の方におすすめなのが、四年制大学の通信教育で日本画を学ばれることです。既に身を立てられている方におすすめのコースであり、どうしてもさぼりがちになりますので若い人には高い失業のリスクがあるコースです。自我が確立されている方が得するおすすめのコースです。まだ青いお子様は、強烈な個性をもつ先生にあしらわれ、百戦錬磨でリッチなおじさんおばさんおじいさんや奥方が先生のまわりを取り囲んで離さないため、将来を求める若者は教室の隅に追いやられ無能と化するリスクが高いです。未成年の方は無理をしてでも全日制に行かれることをおすすめします。

将来を重要視しないのであれば、大学で日本画を専攻されることをおすすめします

若い方の将来について、無職や低収入になるリスクを受け入れられるのであれば、四年生大学で日本画を学ばれることをおすすめします。女性で縁談や婚約が決まっておられる方にもおすすめのコースです。宗教や身分の高低に関係なく、親が既得権をお持ちの方に、おすすめのコースです。少々ひねくれた見解ですが、四年生大学の日本画コースで気に入られる子は細身の顔立ちが整った控え目な優等生タイプが多いように見受けられます。自我が確立しており自立心旺盛な方や、他人から愛されないタイプの人、迷いがありすぎてお悩み中の方は、このコースでは無職になるリスクが高いです。もちろん先生も欲深い方々が多いですから、それ相応のごますりが必要です。ごまをすってるうちに無能と化すこともありますので、本分を忘れないよう励みましょう。

モチベーションがあるなら独学もおすすめです

結局はモチベーションの問題です。やる気があれば、なんでもできるのです。ただし、日本画で成功するには成功のための人脈が必要です。日本画家といえば無欲で禅的なイメージがありますが、実は誰よりも強欲じゃないとできないものなのです。迷いがあっても四年生大学の日本画コースは卒業できますけれど、欲深くて狡猾な人ほど早く絵で生活できて、悩み深い人は大器晩成型、無欲な人は死後の評価になりがちです。

※このコラムは冗談半分のデタラメなので信じないでくださいね。

20161017

第四十八回 日本画無料講座 岩絵具を盛り上げてマチェールを作る方法

日本画の岩絵具を盛り上げてマチェールを作る方法

こんにちは。みなさん制作の調子はいかがでしょうか。日本画は色重ねの美しさ、といいますが、現代の日本画は近代に見られた「色重ねの美しさ」や「余白の美」だけではまったく評価されない時代となってしまいました。むしろ、下の色を隠すほど厚塗りしているほうが、たくさん描いたから、というような理由といいますか、画面に隙(余白の美しさ)がないと良いと判断されることもしばしばで、価値観というものは美をもダメにしてしまうものだと感じる昨今です。

美とはかけ離れた領域で優劣が競われている現代日本画ですが、それらの日本画によくみられる手法として、岩絵具の盛上という技法があります。

日本画の岩絵具で盛上げたところ
日本画の岩絵具で盛上げたところです(筆者制作)

写真が見づらくて申し訳ありませんが、これが今流行ってる日本画の岩絵具で画面を盛り上げて仕事をしましたという感じを出すセコい演出です。

本来は岩絵具の和紙全体への盛上げを意図的にやるものではないと思うのですが、仕事をしました~みたいな感じを出すためにわざとやる人も多いのではないかと思います。ほら、アレと同じ、コピペして自分のロゴを作りました~みたいなレベルですので誰でも簡単に、初心者の方でもこの写真のような絵肌を作ることが可能です。

この盛上げ技法は被覆力が強いので、下の層を隠すことが可能ですが、それをしてしまいますと、自分の技量のなさが露呈しますし、日展画家でも平気でこんな風になさっている人もよくお見かけしますので、私はこうした隠ぺい・ごまかし技法は日本画の趣旨から離れますので好きではないのですが、これがまた評価される要素のひとつとなっていますから、みなさんにもご紹介、ネタ晴らししようと思いました。

もちろん、この凹凸を生かして何かを表すということもよいとは思いますが・・・本質的には日本画ではなくなると思います。でもこうでもしないと、市展レベルでも日展系の審査員にはまったく見向きもされないし、画面に厚みを持たせて派手に演出することはまるで評価基準のひとつになっているという日展系の審査員の間での既成事実は無視できないと思います。

では何番の岩絵具を使えば、この日本画の塗り方ができるかといいますと、意外と何番でもいけますし、大体10~12番あたりの範囲内なら簡単にできると思います。この方法は「平筆」を使ってさっと塗ります。

この方法は水彩と同じでテクニック、技法のひとつといってもいいでしょう。ただ日本画の場合、この方法で被覆しますと、下塗りに使った絵具がもったいないと思います。昔の人は貧しかったので、少ない資源でもっと絵具を大事にしてたと思います。だからこのような塗り方をすればもう日本画ではないといいますか、マチェールは洋画以降の美術用語ですから、区分は近・現代アートに入るんじゃないかと思います。

そうです。もはや日本画は、日本画たる花鳥風月、山水、人物などという表現ジャンルに加え、洋画の技法(何とかイズム)でも描くことが可能なのですから、猫も杓子もこぞって現代アートで日本画を描いて応募する人が多いです。だから「え、これが日本画?」みたいに見る人が戸惑ったり、何も知らない人にはむしろ現代アートの日本画のほうが刺激が強くて鈍感になった都会人に受け入れられたりもします。そして現代アートのほうが自己主張やメッセージ性が強いものですから、公募展では「控え目な、おしとやかな、純朴な」といった可憐で儚い日本らしさを表現した本来の日本画は負けてしまうのです。今大人気の伊藤若冲の墨絵は価値は高くても三大公募展に出しても選外でしょう。もちろん写生は大事ですが、学校で求められるような写実のレベルは写真を見て描きたくなるほど写実が好きな人以外に必要ないのだとわかります。そんな意味では基本的な画力は日本画家より漫画家のほうが、はるかにデッサン力は上なのではないかと思えてくるほどです。

やはり日本画は、デッサン力や知識などよりも、欲が少ない田舎のおばーちゃんが描いた絵のほうがどんなプロの作品よりも勝ると思います(筆者の個人的見解です)。なぜなら、それが一番日本人の良心を表しているからです。

20161012

第四十七回 日本画無料講座 表現のすすめ。ネタ切れなら休憩して外に出よう

表現のすすめ。日本画でネタ切れになったら休憩して、外に出よう

こんにちは。みなさん制作の調子はどうでしょうか。日本画の制作で趣味以上の公募展を目指すなら、ただ単にひとつの植物や動物を最低限の号数の和紙(キャンバス)に描いただけでは、どんなに技量があろうとも、受賞は不可能です。日本画で地元の市展や県展の公募展で受賞するには、卓上の小物や植物をそのままシンプルに描いただけでは、色彩や構図に特別な工夫がない限り、受賞は厳しいです。日本画はド派手であるほど地方の公募展での入賞確率が高まりおとなしく清楚である作品は、小さな号数では入選どまりです。日本画の審査には大学の入学の試験や成績評価と同じように、構図、デッサン、塗りの技術、色彩、その展覧会にふさわしい話題性など、日展的な審査基準が適応されています。地方の市展や県展といえども日展の審査員が名前を連ねていたら、要注意です。彼らは往々にしてデッサン力がない地方の公募展においては色彩や構図、地域性、強いインパクトを重視しデッサン力はあまり重要視していませんので、それに合わせた描き方をしなければ入賞は難しいです。もちろんそれ以外の要素でも高いレベルであれば、入賞可能ですがひたすら写生を追求して汚くなったような作品は入選が関の山といえましょう。無意識にマティスのようになった作品も、日本画では構図と色彩がよければ評価されます。中途半端にリアルに描こうとして技能が足りなかった場合は低評価になりやすいです。日本画で写実を追求しすぎるとほかの部分が犠牲になって結局、デッサン技量不足だけが目立ったりしますので、気を付けたいところです。デッサン能力の無さをカバーでけきるのは、構図や塗り方です。
  • 難易度の高い被写体(モチーフ)
  • 構図
  • 色彩
  • 塗り重ねの技巧
  • テーマ
狙いのテーマが上手に基本的技術で表現できていたら、入賞は易いでしょう。構図も一般的な構図法にのっとっていればデッサンが下手だったとしても、卓上の小物を大胆に描いたとしても優秀な作品として評価されるでしょう。しかし少々その法則を無視して試行錯誤の途中という感じを出したまま応募しますと、よほど100号とかいかにも苦労しましたという感じが出ていない限りは、入選が関の山でしょう。

市展や県展で入賞を目指しそれを目的にすることは決して楽しくはありませんが、基本に乗っ取って勝負しましょう。残念ながら、どの作品が入選するかは審査員の好みや主催者の要望次第であり審査は公平ではありません。朦朧とした曖昧な表現も審査員に理解がなければ低評価に繋がりやすいです。ジャクソン・ポロック、アンディ・ウォーホル・・・コンセプチュアル・アート、ポストモダン、それらを模倣しても、模倣でしかありませんが、知ってる人が見たら評価してもらいやすくなるでしょう。ポストモダンは炎上商法と共通するものがあり、日展の日本画家でも取り入れられてる技法です。ミニマリズムで日本画を作ったら、間違いなく芸術じゃないと受賞候補から排除されるでしょう。そうかといってこれが新しい技法だ!と我流を出したとしても、人間ですから差別意識が高まり「嫌い」という感情が審査員に生まれるのは考えるまでもありません。審査員も人間ですから「嫌い」と「作者」の名前を何度も見ると、パブロフの犬同様に「作者」の名前を見るだけで「嫌い」という感情が犬のごとく湧いてくるものです。権威ある画家も犬と変わりない心理を持っているということですので、常連の審査員や委員、主催者に目を付けられいじわるされないように気を付けましょう。

つまるところ、芸術家の意図なんて、技法がわからないと見る人には少しもわかりません。どんなに難解な作品でも、無知な大衆には好きか、どうでもいいか、嫌悪するか、と、時には作者の感情を感じるか、その程度しかわからないものです。ですから、誰に見てもらいたいかによっても表現方法は変わってきます。幼児に見てほしいなら、絵本のように色とりどりで、優しく傷つけない表現方法を、今時のカワイイが好きな女性に見てもらいたいなら、ポップアートみたいなカワイイ表現を・・・高齢者に見てもらいたいなら近代日本画を、偉ぶった男性の倫理観を挑発したいならヌードの女性とポストモダンと、そんな感じで表現方法を見直してもいいかもしれません。

例えば信仰心をそのまま表現したければ、仏様やマリア様を描いて応募したっていいんです。怒りを表現したって、何描いたっていいのです(あまりに倫理観を逸脱したら、地方程度の公募展では悪評がたつかも)。何も旧式の日本画の表現に囚われる必要はありませんし、そもそも師事してないのにいくら頑張ったって、伝統技法を受け継ぐことはできませんから。審査員をおちょくりたいなら、何も表現しないことを目指したっていいのです。何も「こんなに苦しみました~!」をみじめに表現しなくたっていいのですよ。自らを貶める必要なんて日本画でもありませんから。日本画もまた、金持ちご用達の富と権力を象徴する芸術という枠は先生方の努力によって取り払われつつありますから、もっと気楽にいきましょう。

あなたは日本画で何を表現しますか?それとも先生の靴を、舐めますか?

20161006

第四十六回 日本画無料講座 岩絵具はセットで買ったほうが得か?

日本画の岩絵具はセットで買ったほうが得なのでしょうか

今日は、岩絵具はセットで買ったほうが得なのか考えてみました。日本画の岩絵具のセットは「ナカガワ胡粉 鳳凰 岩絵具セット」と「吉祥 日本画用岩絵具セット」の二つのメーカーがあります。ぱっと見た限りでは吉祥の日本画岩絵具セットのほうが高級そうで色ぞろえも素敵です。では、さっそくセットの中身について調べてみましょう。

ナカガワ胡粉 鳳凰 岩絵具セット

ナカガワ胡粉の岩絵具セットには、12色A~Dセットの4種類、24色セット1種類、48色セット4種類があるようです。価格は12色でアマゾンで7,730円、24色で13,200円、48色で21,600円程度です(税・送料込み)。

1瓶あたりの価格は・・・

  • 12色・・・644円, Dセットだけ979円
  • 24色・・・550円
  • 48色・・・450円
内容量はおおむね15gで、白番は10g~12gだそうです。

ナカガワ胡粉 12色セット 製品 ラインナップ


Aセット

Bセット

Cセット

Dセット(天然)
画像が小さくてよく見えませんが、どれも赤、黄、緑、青色が入っているようですね。赤函は、群青など基本的な色が揃ってます。緑函は赤函よりも一層濃い色のラインナップです。青函はA、Bには含まれない色で重複しません。Dの黄函は、天然ですので高いです。

A・・・赤口本朱、岩橙、岩黄、黄土、岩岱赭、鴬、美緑青、美緑青、群緑、群青、群青、岩黒
B・・・岩紅、辰砂、山吹、金茶、栗茶、美草緑、裏葉緑青、水浅黄、浅黄群青、岩紺、岩桃、岩鼠
C・・・岩赤、岩紫紅、樺茶、天然瑪瑙末、焦茶、若葉、黒緑青、黄茶緑、水群緑、美群青、淡口紫、天然岩胡粉
D・・・象牙色、濃口珊瑚末、岩辰砂、岩朱土、岩群青、紫雲末、松葉緑青、緑瑪瑙、岩金茶、岩岱赭、岩黒、水晶末

ナカガワ胡粉 岩絵具セット 24色 赤函

ナカガワ胡粉 日本画用絵具 鳳凰 岩絵具 24色セット 

赤口本朱、岩紅(12番)、岩橙(9番/12番)、岩黄(9番/12番)黄土(9番/12番)、岩岱赭(9番/12番)鴬(9番/12番)、美緑青(9番/12番/白番)裏葉緑青(12番)、群緑(9番/12番)群青(9番/12番/白番)、水浅黄(12番)岩黒(9番/12番)

なるほど。9番ですか。これは好みが分かれますね。9番や12番を持ってない私にはちょっぴり魅力的に感じられます。9番と12番を混ぜて使う豪華スタイルでしょうか。

ナカガワ胡粉 岩絵具セット 48色 製品ラインナップ


飛鳥

天平

平安

桃山

どうやら名前が時代順になっているようです。

飛鳥
新岩絵具12種類で各色7、9、11、13番入り、4段階の濃淡。
岩赤、岩橙、岩黄、黄土、岩岱赭、鴬、黒緑青、美緑青、群緑、群青、岩鼠、岩黒。

天平
新岩絵具12種類。各色8、10、12、白番入り、4段階の濃淡。
岩赤※(赤口本朱)、岩橙※(黄口本朱)、岩黄、黄土、岩岱赭、鴬、黒緑青、美緑青、群緑、群青、岩鼠、岩黒。

平安
新岩絵具12種類。各色8、10、12、白番入り、4段階の濃淡。
岩赤(赤口本朱)、岩橙(黄口本朱)、岩黄、黄土、岩岱赭、鴬、黒緑青、美緑青、群緑、群青、岩鼠、岩黒。

桃山
新岩絵具24種類。各色8、12番入り、2段階の濃淡。
岩紅、岩桃、山吹、金茶、赤口岱赭、黄茶緑、若葉、裏葉緑青、焼緑青、水浅黄、美緑青、淡口紫、辰砂、岩樺、樺茶、焦茶、小豆茶、鶯茶緑、美草緑、松葉緑青、水群緑、浅黄群青、岩紺、濃口鼠。

天然
天然岩絵具24種類。各色8、12番入り、2段階の濃淡
岩金茶、岩黄土、岩辰砂、岩岱赭、赤口小豆茶、濃口珊瑚末、岩群青、岩群緑、松葉緑青、緑瑪瑙、碧玉、白翠末、柳葉裏、丁子茶、茶白、岩朱土、岩肌、象牙色、水晶末、紫雲末、黒曜石末、朽葉色、岩焦茶、岩黒

なるほど!桃山と天然は24色で、それ以外は12色とちょっと微妙なラインナップですね。桃山以外は1箱で絵を描けそうにありません。桃山もこれだけでは描けない作品もあるでしょう。でも確かにお買い得で普段は買わない(高くて買えない)粒子番号であるなら新しい表現方法を模索するときに役に立ちそうです。どうせなら8番と9番セットで出してほしかったですね。私が買うとすれば、持ってない番号が多い桃山かなぁ。小瓶を持ってないので、小瓶代と箱代も考えると48色セットはお得ですね~。瓶と箱を買ったら5千円くらいはするでしょう。

吉祥 日本画用岩絵具セット


吉祥 岩絵具 12~30色セット

吉祥 岩絵具 60色セット 3種類

準天然岩絵具 12色セット

岩絵具 90色セット
さて、お次は吉祥の日本画用岩絵具セットを見てみたいと思います。吉祥は12色セットが1種類、24色セットが1種類、30色セットがNo.1、No.2、No.3の3種類、60色セットが京華、花鳥、新緑、岩山、海景の5種類と小さいセットの2パターン、90色セットが1種類あります。内容量は不明で一体何両ずつ入っているかはわかりません。

アマゾンの税込み送料込みの実売価格は・・・
  • 光彩色10色セット 7,073円・・・1色あたり707円
  • 12色セット 7,212円・・・1色あたり721円
  • 準天然 12色セット 24,298円・・・1色あたり2,025円
  • 24色セット 13,824円・・・1色あたり576円
  • 30色セット No.1 17,280円・・・1色あたり576円
  • 30色セット No.2 17,280円
  • 30色セット No.3 17,280円
  • 60色セット 京華 33,727円(マルニ画材店)・・・1色あたり634円
  • 60色セット 花鳥 24,300円(絵具屋三吉)・・・1色あたり405円
  • 60色セット 新緑 33,806円・・・1色あたり563円
  • 60色セット 岩山 32,860円・・・1色あたり548円
  • 60色セット 海景 34,443円・・・1色あたり574円
  • 90色セット 55,243円・・・1色あたり614円
・・・となり、飛鳥だけはナカガワ胡粉に安さの面では単純に安いです。残念ながらどんな岩絵具が入っているかは写真だけではわかりませんが、60色セットの花鳥、新緑、岩山、海景は何となく番号違いの15色が入っているように見えます。この概要だけではお買い得かどうかわかりませんね。しかしこの吉祥、みょ~に親しみを感じるパッケージデザインですね。古臭い感じを出していて、ふら~っと画材店に行ったら用がないのについ手に取り買っちゃいそうな。

このようなセット物って使うの勿体ないと思ってしまいます!持ってるだけで、宝物、みたいな・・・だからいつまでたっても私は・・・初心者です^^;

第四十五回 日本画無料講座 日本画の保管方法

棚や押入れに日本画を入れてはいけません!

博物館資料保存論―文化財と空気汚染
その日本画の保管方法、ちょっと待った!日本画は棚や押入れに収納する前に、その収納先は湿気が貯まるタイプかどうか、調べてみましょう。特に一階に絵画を保管する際には要注意です!しばらく使っていない戸棚や押入れを開けると、むせたり、むっとしたことはありませんか?そんな場所に日本画を収納してはいけません!日本画も本と同じように紙でできていますし、革のバッグと同じで膠を含んでいますから、日本画の保管はそのような場所に収納してはいけません。もちろん外からの光で部屋が明るくなるような場所にも日本画を保管してはいけません。ネズミなどにかじられるおそれもあります。

日本画を収納するときは、湿気が貯まらず適度に通気性のある場所に保管します。正倉院のような環境がベストです。できれば蔵や、3階建ての家に住み、2階あたりで中性紙に包んで保管したいところです。できるだけ、理想の保管場所づくりを目指しましょう。

本がカビるようなおうちに住んでおられる場合は、同じ場所に日本画をずっと置いておかないようにしましょう。空気清浄機を使ってみると、見えない茶色の汚れが空気中に漂っていることがわかります。