20180723

念紙の作り方(自作) 第五十四回 日本画無料講座

念紙とは転写紙のことです。似た物にカーボンペーパーやチャコペーパーがあります。下描きを本番用の紙に写すために使います。

水干絵具で念紙を自作する方法

今回の日本画無料講座では念紙の作り方(自己流)をご紹介したいと思います。日本画の念紙とは下絵を和紙または下地を塗ったパネル張りの和紙に転写(トレース)するためのカーボン用紙の日本画バージョンです。市販のカーボン紙の欠点は油性であり水で除去しようとしても色が消えません。カーボン紙は手を添えただけで指の痕が写ってしまい紙が黒く汚れるという欠点がありました。自作の念紙のメリットは好きな色で転写紙を作れ、画面への着色の影響を自分なりにコントロールすることができます。私は今回の念紙の作り方を「湿式」と独自に呼ぶことにします(ということは他の作り方もありそちらのほうが手軽で最も利用頻度が高いです)。

目次

念紙の必要性

イラストではトレース台という紙の裏から光を当てて下絵をなぞる方法やコピー用紙に描いた下書きをスキャナーで取り込む方法があります。日本画の下絵に使用した紙がA4程度の薄紙であれば、トレース台で和紙に転写することができますが、和紙をパネルに張ってから下絵を写す場合は念紙という紙が必要です。画力に自信のある人はこのような紙を使わずフリーハンドで絵を描き写します。


大作はプロジェクターマッピングで投影する

大きな作品となると念紙を作る作業だけで費用がかかり作業時間が膨大になってしまいます。大作の場合は壁に貼った下絵を高性能なカメラと高性能のレンズで撮影して歪みを補正してから和紙に投影します。自分でできない場合は写真のプロに頼むしかありません。

自作の念紙のもととなる紙を準備する

念紙となる和紙を準備する
念紙となる和紙を準備する

念紙は薄美濃紙のような薄くて丈夫な紙(ドーサ引きしていないもの)を使います。薄美濃紙が手に入らない場合は別の紙でもよいでしょう。今回は「破れにくい障子紙」を利用して念紙を作りました。障子紙を使うのは今回がまったくの初めてでどんな結末になるか予想もつきませんでした。しかし最も身近で安価に手に入る大きな薄い紙といえば私は障子紙しか思いつきませんでした。楮でできた紙も売ってますのでいろいろ試してみるとよいでしょう。

水干絵具の色を決める

水干絵具の色を決める

念紙を作る時に紙の種類と同時に考える必要があるのが顔料の色合いです。大抵の場合安価な顔料を念紙を作る際に用います。この時使う顔料は何々でなければならないということはありません。重要なのは作品に干渉しない色や素材の顔料を使うというところです。たとえば木炭を念紙の素材として使うと下絵を転写する時に和紙が黒く汚れてしまいます。水墨画だから木炭でいいだろうと考えるのはいささか早計です。木炭を使った場合、どれくらい和紙が汚れるかというと、上に不透明で粒子の細かい岩絵具を塗っても木炭が透けて見えてしまうくらいです。繊細なタッチの作品の下絵に木炭は適していませんが、厚塗りする場合は木炭でも十分だといえます。黒が適していなければ白や黄土を思いつく人がいるかもしれません。念紙にどの顔料を使うかについては作品次第となります。

水干絵具を用意し乳鉢でよくすりつぶす

乳鉢で水干絵具をよくすりつぶす

まずは乳鉢で水干絵具などを細かく磨り潰します。乳鉢は15cmのものを使いましたがもっと大きいほうが良いと思います。水干絵具は高価な絵具ではなく、できるだけ安価なものを使いましょう。F20号の念紙づくりでスプーン山盛り2杯ほど使いました。しっかりした念紙を作るにはもっとたくさん水干絵具が必要になるかもしれません。

水干絵具と清酒(日本酒)を混合する

清酒はどこにでも売られている紙パックやワンカップの日本酒で十分で特別な物を用意する必要はありません。清酒の濃度は転写する作品に使われている紙と下塗りの状況によって調節する必要があると私は思います。下塗りに使用している岩絵具の粒子が荒い場合は念紙に定着させる顔料に厚みを持たせたり写りやすくするために清酒の量を変える必要が出てくると思います。

念紙となる和紙に水干絵具を塗る

念紙に清酒で溶いた水干絵具を塗る

ビニールの上に新聞紙を置き、その上に和紙を置いて清酒で溶いた水干絵具を塗っていきます。この時気をつけなければならないのが筆選びです。刷毛(はけ)は高価なものではなく安価でボロボロな筆を使いましょう。DIY用の刷毛で十分です。清酒で溶いた水干絵具や墨を塗ると筆が染まってしまいダメになってしまいます。

念紙を乾かす

念紙を乾燥させる

顔料を塗り終えた念紙はそのまま動かさずに乾かします。裏側にも絵具が染み出ていますので、ビニールシートの上に新聞を敷いて通気性と吸水性を確保する必要があります。塗ったらそのまま乾かします。くしゃくしゃに揉んで粉を落とす人もいますが、今回は薄塗だったせいかそれほど粒子が取れなかったので揉みませんでした。揉むべきかどうかはご自分の判断で良いと思います。私は揉んでも無意味だと思うので揉まずに使います。

試しに自分で作った念紙で転写してみました

自作の念紙を試してみた

自作の念紙を試してみた(1回塗り)

念紙に使用した障子紙(糊なし)は薄いので日本画の和紙と異なり通気性が良いのかすぐに乾きました。障子紙の耐久性はわかりませんが、少なくとも絵具を塗っている時に破れるような様子はありませんでした。※昔ながらの障子紙はすぐ破れますので念紙の素材に適しません。しかも結構強くなぞらないと写らなかったので水干絵具の量が少なく清酒の割合が多すぎたのかもしれません。清酒100%は念紙への定着力が強すぎでしたので70%あたりからはじめて徐々に減らしてみてもよいでしょう。

正直なところ、紙が痛むほどの力でないと転写できませんでした。この方法で本番用の紙に転写することは無理だと思いました。

自作の念紙の完成

自作の念紙が完成しました

念紙が完成しました。やっぱり障子紙はおすすめしません(苦笑)でも何度か使えるので破れるまで障子紙で作った自作の念紙を使い倒そうと思います。後で清酒の割合を減らして二度塗りを行いたいと思います。

念紙のレシピ(改良版・二度塗り)

去年(2017年6月に)作った念紙の上に後日(2018年7月)もう一度酒と水で溶いた水干絵具を塗りました。念紙を作ってみてわかったことは、水干絵具が多量に必要だということです。中途半端な量では絵具の厚みが不足するので安価な胡粉に水干絵具を混ぜて作ったほうがいいかもしれません。

後日談

その後、2022年に美濃紙を使用し念紙を作ってみました。正直なところ、伝統的な念紙の作り方ではうまく転写できないと思います。日本画の先生にも尋ねてみましたが、うまくできない理由を教えて頂きました(他の人の有償アイデアなので無料でお伝えできずすみません)。作り方自体は本やこのページに書いてある通りで合っています。

薄美濃紙と胡粉で念紙を作る

水干絵具で作った念紙がダメなら伝統的手法に回帰し2022年に胡粉と薄美濃紙(1400円もしました)で念紙を作ってみました。しかし残念ながら美濃紙を使うメリットを感じませんでした。相変わらず色も移らず本当にもったいないことをしました。おそらく伝統的な念紙は表面が未加工かつドーサが薄付きの、あるいは下塗りで均一になった和紙など限定的な条件でしか転写できないのだと思います。現代日本画の描法で念紙が有効のは薄塗りの描法に限られるのではないでしょうか。

また、念紙を使うことのデメリットもあります。

日本画 念紙の作り方

今回は大作に使おうかと思いましたので、隅々まで丁寧に塗りました。水と酒の割合は1:1にしました。水干絵具は1両程度必要なんじゃないかと思います。転写してみると、前よりよくなったものの、絵具が写りにくくてまだ薄いです。次は水7酒3の割合に盛り上げ胡粉も混ぜてみようと思います。念紙のもとになる紙は破れにくい素材がおすすめです。

念紙材料の通販

さいごに既製品の念紙を紹介したいと思います。

画材ショップカワチで扱っている念紙となる薄美濃紙です。1枚あたりの価格は800円程度となります。

念紙 SMサイズ
ナカガワ胡粉の念紙です。SMサイズですから結構小さいです。200円台と安価です。

これはただのトレーシングペーパーです。サイズは545×394mmと結構大きいので小品の写し紙として使うことができます。1枚あたりの価格は約70円程度になります。

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もう服飾用のチャコペーパーでいいわ!という人におすすめの転写紙です。緑と水色とピンク色があります。大きなサイズのスーパーチャコペーパーというものもあります。

宜しければこちらから念紙をお買い求めいただければと思います。このページは2018年7月23に公開しました。2022年6月4日に加筆いたしました。

なぜ念紙で下絵が写らないのか

今まで念紙を作った経験から、理由を考えてみたいと思います。まず第一に念紙に用いる紙が柔らかすぎると思います。鉄のペンで普通になぞると念紙が凹んで圧力を分散させてしまうためだと思います。第二に最近の日本酒は濾過してあるので純度が高いことが考えられます。